English

2001年アメリカ・ドイツ旅行の記録


2001年10月5日:JoAnnさんを訪ねてウエスト・ヴァージニアまでドライブ旅行.

朝,5時半,昨夜のうちに準備していたトランクやスナックをレンタカーに積んでインターネットフレンドのJoAnnさんを訪ねてウエストヴァージニアのビエンナという町までドライブ旅行です.6時間位車で走る予定です.ワシントンDCを抜けるのに大変時間がかかりました.


3年ぶりにレンタカーで走るインターステイトです.とても気持ちの良い道路です.


9時半頃,やがて前方に山を切り裂いて道路が作られている所にきました,電子メールでJoAhnさんが,見所の一つだと教えて下さっていた所です.Sideling Hillといいます.


昔,川底だった山を切り開いて道路が通っています.断層がきれいに見えてすぐ側まで歩く探勝路や案内所(後方の建物)が出来ていました.


また少し走るとゴルフ場の駐車場がありました.そこへ夫は車をつけて,私と運転交代をします.いきなりでびっくりしましたが,少し慣らしてから本道に出ました.すぐに快適なドライブを楽しみながら運転することが出来ました.


道の両側は.山また山,そして赤や黄色になった木々の重なりがとても美しい森を作っています.所々に開けた牧草地には絵葉書のような農場があり二人できれいね,いいな,と感嘆の声を上げつつ車を走らせました.


2時間ほど運転をしてからまた夫と交代です.道のそばに「アンティーク」と書いた家を見つけました.本当だろうか?と思うような二三軒しか家の無い鄙びた雰囲気の所でしたが,気のいいおばさんが店番をしていていろいろ説明をしてくれます.ワシントンDCのアパートにはお盆がなくて少し不便だったので一つ求めました.


さて12時過ぎ,ようやく目的のJoAnnさんの勤務しgておられる高校のある町に着きました.昼食後いよいよ会いに学校へ行きます.車を停めたらすぐに校舎からJoAnnさんが駆けてきて下さり本当にうれしかったです.電子メールを交わすようになってもう6年以上にもなるJoAnnさんですが.実際に会うのは始めて. しかしメール交換はたくさんしていますし写真の交換などもしていましたので初めてという気が全然しないのが不思議です.

すぐに校長先生に紹介して下さいました,とても気さくな先生で数年前に日本に来られたことがあり話が弾みました.記念に校舎の置物を下さいました.


学校を見て下さいといろいろ案内をして頂く,学生数250人ほどのカソリックの私立校でJoAnnさんはラテン語などを教えておられます.ここはクラスルーム,どの教室にもインターネットにつながったパソコンコーナーがありますが,ここは電話線で遅いのが悩みだとか.


こちらは体育館,スクールカラーの白と水色をしたスポーツクラブの優勝記念のペナントがずらりと並んでいます.


カソリックの学校ということでシンボルは十字軍とか,そのレリーフの前でJoAnnさんと記念写真.


生徒さんが実習をしているパソコンルームに入れて頂きました.私たちのことを紹介して下さっています.生徒さんは各自思い思いの気持ちの良い服装で勉強中です,どの教室も生徒の机が入り口の方を向いているのが日本と違うなと思いました.


廊下の両側にずらりと並んだ生徒のロッカーや広い食堂などテレビ映画で見たことがある学校風景で何だかうれしかったです.学校の見学を終えて外へ出ました.校舎の壁にこの学校のモットーが掲げられています.キリストと共に英知を学ぶ喜びというようなことが書いてあり,息子の卒業した自由学園の理念と同じようだと感じてうれしくなりました.窓から生徒さんがお別れの手を振ってくれました.


JoAnnさんには前々から会いたいと思っていましたので今回の旅行をとても楽しみにしていました.
しかし,9月11日,NYで働いている息子さんがワールドトレードセンタービルにぶつかる2機目の飛行機をオフイスの窓から目撃したことから,アメリカ同時多発テロの犠牲者のことなどを思いなかなか私たちと会う気持ちのゆとりが持てないとお断りの電子メールがきていました.しかし,私たちがアメリカに着いてから「会いましょう」というメールを下さり会うことが出来ました.
人口43000人ほどのこの小さな町もそれ以来公共の施設には全て警護がつくようになったこと,家々は星条旗を掲げるようになったことなど話して下さいました.

Back Mieko Nagano Mie Home COARA next