私は「春のワルツ」総集編でこの姿を見たとき、大きな衝撃を受けました。
ウニョンとの大切な絆であった貝殻細工を探す時に傷つけてしまった右手をかばうようにポケットに入れて寒いウィーンの街中を俯きがちに歩くチェハの姿。 チェハは何を思い、何をしながらウィーンで暮らしていたのでしょうか?オーストリアへ帰ったチェハがとても気になりました。 この勝手な思い込みの「オーストリアへ帰ったチェハ」を書き上げるまで落ち着きませんでした。アップすることをためらいましたが、〔ある一人のファンのあるこだわり、思い入れ〕と思って下さると幸いです。そしてお時間のある方はお読みくださると大変うれしいです。 by miecolor at 2008.3.17 |
創作 : 春のワルツ・・・・・オーストリアに帰ったチェハ by mieolor |
私は先ほど、ウィーン空港に着きました。その時だけのお迎えガイドが運転手を連れて出迎えてくれました。ウィーン、初めて来たオーストリアの玄関口、音楽の都ウィーンの入り口、もっと感慨に浸りながら空港ビルを出たかったのに、遅延した飛行機にいらだっていたのか、急かされて空港ビルを出て駐車場へと向かう。 もう既に暗くなっていたウィーン、夜の気配が降りてくる頃、ビルの明かりや、街灯が明るさを増す頃、この時間帯の町の雰囲気は大好きだ。それに何といっても日本からフランクフルト経由で13時間、やっと外気が吸えると思ったのに、そしてウィーンの空気が吸えると思ったのに、またまた急かされて空港駐車場ビルに入り、車に押し込まれた。 霧が立ち込め、霧雨が降っているかと思うような中を車はすぐに高速道路へと乗り入れてしまった。外は呆気ないような工場街だったことに驚く。やがて、ここはドナウ川、ここはドナウの運河、もうウィーンですよ。ハイ、ホテルに着きますよ。 美しいクリスマスのイルミネーションが見えたと思ったら、ホテルに着いていた。ここまで20分ほど、彼女は、街の概要、ウィーンの乗り物のこと、どこへ行きたいのか、ウィーンの外へ出る交通の注意などなど、話し続けていた。 今日は今冬一番の寒い日になった、でも、湿気が多くて、体には都合が良いこと、今日がクリスマスツリーの解禁日、でも、この雨で本格的には明日から賑わうでしょう。クリスマスツリーは、法律で出してよい期間が決められていること、など興味深い話も聞かせてくれた。 ホテルチェックインを手伝ってくれて、後はその後の列車の旅の注意など話して、他に何か質問は?ナッシング、じゃhave a nice trip,bye! 私は早速、町へ飛び出す。そこはもうウィーン一の繁華街と言われているケルントナー通り、その先500mほどの所に、シュテファン寺院がある。 私は1分でも早くそのシュテファン寺院の前に立ちたいのだ、そのためにウィーンに来た私だから。通りの上の美しいクリスマスの飾りつけも目には見えるが、商店のきらびやかなウインドウも目には入るが私を引き止めはしない。 そんな力は無い。少しでも早くシュテファン寺院を確かめたかった。 |
街のシンボルというが、暗い。塔を見上げる、尖塔が見えないほど暗い、しかし、そのほの暗さが何となく好もしい。そして、寺院の瓦のモザイク模様が美しい、暗いのに、その美しはとてもよく分かる。 どうも寺院は三分の一程を修理中のようで、布で覆ってある。ちょっと残念。広場には大きなクリスマスツリーが立っていた。そんなことは聞いていなかったので、ちょっとびっくりする。しかし、ただの緑の木だ、飾りつけは何もついていない、これからなのか、そういえば、さっきの彼女は今日からクリスマスツリーを立てても良いと言っていたね。 シュテファン寺院のまわりを一回り歩いてみる、やはり暗い、あまり人も居ないし、初めての街を夜うろうろするのは、やはり不安。また明日来よう、ホテルはとても近いから。そのために、そのホテルに決めたのだから。何度でも、ここに来れるように近いホテルに決めたのだから。 本当にホテルから近いことが判ったので、今夜のところはこれで満足。全ては明日からにしよう。 |
翌日、シュテファン寺院へまた来た。そして、またひとまわりまわってみた。ツリーは、クレーン車が来て飾り付けの最中だった。 また翌日の早朝、シュテファン寺院のツリーがどんな飾り付けに仕上がったのか気になって走って見に行く。シンプルなツリーだった、何故か今朝のシュテファン寺院は鮮やかで美しかった。 静かな朝、ツリーの白とブルーの小さなライトが点滅する。 枝先が小さく揺れた。静かな風がおこった。とツリーのむこうから、少し俯き加減に歩く背の高い男が現れた。丁度すぐ側の塔から8時の鐘が鳴り始めた。 ああ、この男なのか、私が12月のウィーンへ行きたいと行った時に、確かめてきて欲しいと言われた噂の男というのは、この若い男性がその噂に聞いた男なのか、毎朝、8時の鐘の響く頃、シュテファン寺院の前に現れる背の高い男、うれいを含んだ顔が美しい東洋人の男、余程のことのない限り毎朝手提げをさげて、右手はコートのポケットに入れ、うつむき加減にシュテファン寺院の前を横切るという。 |
噂に流れてくる声は・・・・彼は著名なピアニストだったという。つい少し前まではウィーンでもドイツでもホールを満席にするピアニストだったという。だったというのは、今はステージから全く姿を消したから。 演奏活動を止したというより、ピアノが弾けなくなったという噂だ。彼の右手は動かないとまでささやかれていた。 10年近くウィーンを本拠地に演奏活動を繰り広げていたピアニスト。余程の誘いで無い限り、ウィーンを離れることは無かったピアニスト。 どういう訳か、昨年、ようやく遅い春が訪れようとした頃、彼は居なくなった。続いて両親の姿も見ることがなくなった。幼馴染の誘いで故郷の韓国へ戻ったと聞いた。 ”天才ピアニスト10数年ぶりの帰国!”と喝采のうちに迎えられた彼だったが突然冬の訪れと共にウィーンへ戻ってきた。 戻ってきたという噂は聞いた。しかし、彼のコンサートが開かれたというニュースはとうとう流れてこなかった。そして彼の姿が毎朝、決まった時間、そう朝の8時の鐘のなる頃にシュテファン寺院の前で見かけるようになったのだ。 いつも彼の側に影になり、日向となり付き添っていた男の代わりに、美しい幼馴染・韓国の女性が居るという。 彼・フィリップと共に居た時の天才ピアニストは、気難しいといっても、時々美しい笑顔を見せる青年だった。 しかし、美しい女性と共に戻ってきた彼はいつも面を伏せ、時折寂しい笑顔をこぼすのみだった。決まった時間にお気に入りの楽譜を数種いれたカバンを下げて彼はボーヌンク(アパルトマン)を出る。 |
韓国から来た留学生のレッスンを見ているという。それも、秀才と言われる音楽生ではない。 言葉の壁にぶつかってピアノに向き合えなくなってしまった学生、自国では天才少年といわれていたが世界中から集まってきた優秀なピアノを学ぶ学生たちの中に立ち一時的に全くピアノが弾けなくなってしまった学生、ピアノを弾くことに意味を見出せなくなってしまった若者とか、そんな若者に向き合っているらしい。 昼少し前、彼はホテル・ザッハーの裏にあるCafe Mozart に姿を現した。 軽く片手を挙げ、ほほの赤いまだ見習いの若いウエィターに合図を送ると、彼の指定席となっている奥まった角の席に座る。 二方を壁に囲まれ外からの視線も届かず、若い見習いウエィターの守備範囲となっている隅っこのコーナー席だ。 静かに座っていると若いウエィターが元気な声で「いつもの!ですね、」クリームが気持ちよく泡だったメランジェと他の客より少し大きめのグラスに水をついでお盆に載せて持ってくる。 もうその時は声をかけない。その青年が自分の世界に閉じ篭ってしまった事を知っているから。 楽譜を広げ、時折宙に浮かぶ鍵盤を弾いているかのように長くしなやかな指を泳がせていたり、うれいを含んだ美しい大きな瞳に今にも零れ落ちそうに涙を貯めて見ている楽譜の向こうに母国・韓国の青い海を思い描いていることを知っているから。 やがて、メランジェが半分になる頃、美しい女性が青年を迎えに来る。いつものことだ。 若い見習いウエィターにさりげなくチップを渡し、テーブルと椅子の狭い間を縫うように青年の席に近付く。すぐ横にある椅子に黙って座り、青年が残りのメランジェをゆっくりと飲み干すのを静かに待っている。その間、何の言葉も無い、哀しげに伏目がちに青年のコーヒーカップを持つ美しい手の動きを追っている。 青年も何も語らない、迎えに来た女性が目に入らぬかのように、自分の世界に止まったまま、ゆっくりとコーヒーを飲み干す。カットグラスの水もゆっくりと、飲み干す。生きているのは喉仏だけというように、グラスの水が通り過ぎるのを彼女はジッと見ていた。 |
ゆっくりと楽譜をカバンに納めると、青年はまるで一人のように、唐突に立ち上がる。 慌ててバッグをつかみ女性は後を追う。「ダンケシェーン」見習いウエィターの張りのある声に大きな目を見開いた青年はそれでも彼女のために重い扉を押さえて待つ。 ああ、いつか、川のせせらぎに春の声を探しに行った時、土手の雑木の小枝をウニョンさんのために抑えてあげたっけ、ウニョンさんの手を曳き寄せ歩いた時に、僕は小枝を離したっけ、その時、イナさんの頭にパチンと小枝が当たった。 あの時は、やっぱりちょっと気が咎めたね、せめてその時の罪滅ぼし、ウィーンではいつもドアを押さえて待つことにしたんだ。 そんな時、いつも苦しい顔をしているイナさんの顔がほんの一瞬ほころびる。ああ、いつもこんな顔をさせていて上げたいと思うけれど、でも、ダメだ、僕には出来ない。どうしても出来ない。僕の心にはウニョンさんが住んでいる。 シンプルな造りのシンプルな部屋。黒いグランドピアノと、大きなテーブルと、本箱、余計な物の何もない部屋。 でも、花だけは欠かさない。それだけはイナの誇り。チェハへの愛の証。ソウルの音楽練習室にもお花を欠かしたことが無かった。 お花を選ぶのはイナの楽しい仕事だった。どんなに忙しくてもイナは花を自分で選んだ。ウニョンに活け変えは頼まなくてはいけない時もあったけれど、そんな時でも必ずお花は自分で選んだ。 それはウィーンでも変わらない。変えたくなかった。イナの活ける花を見て、チェハが何か言ってくれる訳ではなかったが、チェハの気持ちが少しでも和らげば、と祈る思いのイナだった。 |
チェハは緩やかな曲を弾く。以前、得意だった、そして多くの人に感動を与えたスケルツオのような激しい曲は決して弾かなかった。いえ、弾けなった。 私が、私がいじわるをしたために、指を傷つけてしまったチェハ。どうしても今日は弾かなくてはいけない、と流れる血を抑えて鍵盤に向かったチェハ。私はその時間が悔やまれる。 でも、チェハは違った。 チェハは”あの時”に悔いは無かった。 演奏したことでなお指の傷が深くなり、もう演奏が出来なくなるのでは?と鍵盤を叩きつつ感じていた、でも、スホを捨ててチェハになり、天才ピアニストと言われるまでの努力をしてきたのは”あの時”のためだった。 ウニョンさんに僕のピアノ演奏を聴いてもらえるなら、後は弾けなくなっても良いとまで思った”あの時”だったから僕は後悔はしていない。 しかし、チェハを選び、ウニョンさんに会えなくなった僕は、ソウルで生きていく勇気が無かった。 ウニョンさんと同じ空気を吸いながら、ウニョンさんに会わないで生きていく自信が無かった。ユン・ジェハとして生きるとはそういうことだったんだ。 アボジは死んでしまった。 僕を捨てたアボジだったが、やはり生きていてくれたと解った時はうれしかった。あり難かった。 しかし、僕がユン・ジェハになった時、アボジは呆気なく死んでしまった。 僕には、僕を育てて下さった両親が居る。ウニョンさんの命を救い、僕を天才ピアニストと呼ばれるまでに育てて下さった両親がいる。 ご自分たちの政治家としての成功を捨ててまで、僕を護って下さった父と母には本当に感謝している、 僕の弟のカングを養子として大事に育ててくださっている。本当にありがたいと思っている。 |
ウィーンでの二人の生活は、兄妹のように、アニ 礼儀正しい友達のように淡々と日が過ぎて行った。 チェハは楽しそうな明るい笑顔は、一度も見せなかった。それでも時折申し訳なさそうにイナに哀しい笑顔を見せた。その笑顔はイナをなおのこと辛くさせた。 夏の終わりから、秋を経て、まもなく冬が来ようとしているのに、まだチェハの凍りついた心はイナの前では溶けそうもない。このまま、また寒い冬を迎えたらますますチェハの心は凍り付いてしまいそうだ。 私は、私は一体、どちらのチェハに恋をしたのか、幼い時に、コンテストのステージで、両手に優しく息を吹きかけてくれたあのチェハに恋をしていたのか、それとも、スホに恋をしていたのか、だからあれほどまでに、ウニョンさんが気になったのか、どう言い訳してみても、私はやはり、スホに恋をしたのではないか、ウィーンからソウルへやってきたチェハに恋をしたんだと思う。 小学校のグラウンドを駆けたチェハ、以前のチェハは絶対にああいうことはしないと思った、あの時、既に私は感づいていたのだと思う。以前のチェハでは無いと。 しかし、私はピアノの先生の結婚式の時に、チェハがウンと言ってくれたことを大事に大事に胸におき、15年を過ごしてきた。どうしてもグラウンドを駆けたチェハはあの時のチェハでなければいけなかった。チェハが手を差し出してくれた時、どんなにうれしかったか。 |
でも、チェハの心はすぐに、ウニョンさんの方を向いてしまった。 フィリップが好きだと言っているのに、チェハはウニョンさんに向いていった。 その時点で、やっぱりチェハは昔のチェハでは無いと思うべきだったのかもしれない。 過ぎたことは今更、言ってもと思うが、私は今、本当にどうすることが、私が愛するチェハのためになるのか、考えなくてはいけない。 私がチェハを愛しているからチェハの隣に居たいと思うことが、チェハさんにとってはどうなのか、私は今までこういう考え方はして来なかった。いつも私がこうしたい、だった。 でも、今、やっと、私が愛するチェハさんの一番望むことは何なのか?と考えられるようになった。 答えは明らかだ。チェハさんは、ウニョンさんを隣に置きたいと思っている。 私は、もうチェハさんを手放す時がきたようだ。 こう思えるまで永い月日が必要だった。今夜こそ、思い切ってチェハさんに言おう。 私はソウルに帰ります。いつまでもチェハさんの良い友達で居たいから。ソウルに帰ります。 これからも何か手伝えることがあったら、いつでもソウルで待っているわ。 いつでも遠慮なく声をかけて、私はこれからもずっとチェハさんの良い友達なんだから。 次の日曜日の便で、私はソウルへ帰ります。もうここには戻ってきません。 フィリップには私から説明します。 チェハさんは、しばらくは不自由でしょうが、お母様から連絡があるまで、このボーヌンクで暮らしていてくださいね。 チェハは一人になった。 イナさんと何とかうまくやりたいと、やらなくてはと努力したが、ダメだった。 二人の生活は努力して築くものではない、お互いなくてはならない者同士が心を重ね合わせて作り上げていくものだ。 僕にとって無くてならない人、それはイナさんでは無い。 イナさんもやっとそれに気付いてくれた。 イナさんもソウルに帰って、早く僕を忘れて、イナさんにとってなくてはならない人に出会って欲しい。 出会えるはずだ。 そしてまたソウルで最初に会った時のイナさんのように、輝いた顔、くるくると動くメガネの奥の目、ポンポンと飛び出す歯切れの良い言葉、そんなイナさんに戻って欲しい、イナさんも本当に素敵な人なのだから。 |
しばらくこのボーヌンクを閉めて、出かけよう。 ピアノの練習をしていた秘密の部屋に時ならぬ闖入者があって以来、僕には本当に色々なことがあった。 そして封印していたイ・スホを呼び戻すことになった。 あの日からのことをもう一度なぞり、自分の心を見つめてみよう、これからのことを考えるのはそれからでも決して遅くはないと思うから・・・・die Ende |
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