2000年7月6日、「寺尾先生のメモリアルページ」NHK国際放送の取材を受ける、 by Mie |
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午後、私達夫婦は友人の松村さんのオフイスにやってきました。 | |
そこに待ち受けていた方は、NHK国際放送の寺内デイレクターでした。今日は、ホームページ「原子爆弾による被爆の話」にまつわる取材のための大分入りです。 このサイトは故・寺尾武治氏が生前にCOARAのパソコン通信の中で書かれたことを、教え子の松村さんが寺尾先生の没後、この発言を埋もれさせてはいけないという気持ちでホームページ化したところ、海外を含めて多くの方からの反響が今も続いています。 |
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広島での被爆の話が大分のパソコン通信で語られホームページ化されていること。 英文ページもあり、世界各国からの反響が今も続いていること。 韓国の大学の英語の教科書に取り上げられたこと、 |
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このような理由で今回の取材となり、海外からメッセージを寄せてくれた方へのインタビューもまじえたラジオ番組「インターネットは被爆体験を語りつづける」というタイトルで広島の原爆記念日の前後に世界22カ国語で放送されるそうです。 | |
故・寺尾武治氏の教え子でこのサイトを作った松村氏(右側)と翻訳を申し出て協力をしている永野(左側)、そして寺内デイレクターです。寺尾先生の印象、英訳をするきっかけ、また、ホームページを二人で作っているその役割分担などをいろいろ聞き出された後、いよいよ取材録音が始まります。 | |
寺尾先生はどんな先生でしたか?このホームページはどんな気持ちで作りましたか、などの質問に答えている松村さん。 | |
寺尾先生とはパソコン通信の中で知り合いました。そして時々はミーテイングなどでお会いしていました。BBSの子育て会議というコーナーでたくさんのお話を書き込んで下さって読んでいまして尊敬をしていました。 寺尾先生のこのメッセージは是非、世界中の人にも伝えたいと翻訳の協力を申し出ました、と夫は話しています。 |
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どうやら取材は無事に終わったようです。 みんなで夕食を食べに大分の町へ出ました。東京から来られた寺内さんには是非、大分の味を存分に味わって頂きたいと、「はしもと」にやってきました。 まずは、関あじ、関さば、大分の海の幸の盛り合わせです。 |
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次は、珍しい「馬刺し」です。私も生レバーや白い油は大変珍しくおいしかったです。 | |
飲み物は、先ずはビールで乾杯、そして次は大分のお酒、久住産の特注純米大吟醸生・鶴千羽夢幻です。 | |
寺尾先生のホームページが本になった時に、表紙カバーをデザインして下さった久保木先生も夕食会に参加です。お仕事の関係で取材にご一緒出来なくて残念でした。 | |
また、九州といえば焼酎ですね、ということで松村さんお奨めの麦焼酎・宇佐むぎが出てきました。 寺内さんも夫もおいしいおいしいとお代わりをしています。 |
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楽しい夕食会が終わりました。ウイークデイの夜はもう静かに更けています。商店街のアーケードの下で手描きのハガキを売っている青年がいました。「久保木先生!」なんと先生の大学の学生さんだったのです。 楽しい絵の描かれたハガキでした。私は2枚買いました。さて誰に出そうかな? 番組に協力してくれる海外のお友達に出そうかなと思いました。 |
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こうして寺尾先生のメッセージがまた世界中へ知られていくことがとてもうれしいと思いました。 |