2003ゆふいん音楽祭 聴きどころ~10年間、そして… 「老舗」という言葉には、なんとも頼もしげな響きがあります。でも、なろうとして老舗になれるものでもありません。同じ事を、飽きず、真面目に、手抜きなく繰り返すうちに、それと知らずに周囲が語り出してこそ、真の老舗。 29回を数えるゆふいん音楽祭が、日本で最も歴史が古い夏期音楽祭のひとつなのは本当です。たとえ事実がどうあれ、この集いが「老舗」という言葉に値するのか、私達スタッフには分かりません。前音楽監督黒沼俊夫を引き継いだ河野文昭監督がこの地でしようとしてきたのは、きちんとした音楽を、真面目に繰り返すこと。お祭りとしては地味かもしれないけど、ちゃんとした音楽を続ける。それだけです。その結果を老舗と呼んでいただけるなら、それはそれでうれしいことですけれど。 今年は、そうやって続いてきた河野監督の10年目の集大成。 なにしろ湯布院です、派手なことをするわけではありません。ルネサンス音楽からバッハ、ボッケリーニ、ベートーヴェン、ブラームスまで、クラシック音楽のエッセンスが並んだ超小型総合音楽祭--いつもと同じに、今年も真っ当なことをするだけです。 世界が不安になればなるほど、ずっと変わらない場所や、懐かしい人の空気が貴重に感じられる。この夏もまたやってくるで湯布院の小さな音楽祭が、今年もそんな集いとなれば嬉しいのですが。 ※ とにもかくにも、7月24日の晩は湯布院町中央公民館で開かれる前夜祭にお出かけ下さい。入場無料ですので、旅館で早めに夕食が終え、気楽な気分でどうぞ。この音楽祭のために日本各地から集まり、何度も練習を重ねた音楽家たちが、祭の一端を披露します。生の音楽の力を感じ、音楽の夏祭りを心待ちにする人々の顔を見れば、きっと幸せになることでしょう。 翌25日は、3世紀以上昔のヨーロッパへタイムスリップ。昼間のステージを飾るのは、竹井成美が率いる恒例の大分中世合唱団。ルネサンスの終焉を飾る静謐なラッソの透明な響きが、夏の午後に癒しの時間を与えてくれるはず。今年は山岡重治のリコーダー(小学校でお馴染みの縦笛も、ルネサンス時代には立派な芸術楽器なのです)と平尾雅子のヴィオラ・ダ・ガンバの優しい音色が、素敵に華を添えてくれるでしょう。 空気も冷たくなる晩には、駅前から無料送迎バスに揺られ、ゆふいん盆地を見下ろす湯布高原へどうぞ。湯布院町が誇る地域住民、小林道夫のチェンバロ・リサイタルです。由布岳の麓の、まるで楽庫のような自宅から持ち出したチェンバロは、中村壮一製作のフレンチ・モデルの銘器。この晩の演目のために選びに選んだ楽器で、定評ある小林のバッハの妙美を聴けるなど、地元ならでは贅沢さ。これぞ音楽の原産地直送です。 26日と27日は室内楽名曲選。今年は満を持して、チェリスト河野文昭の芸術をたっぷり堪能して頂きましょう。普段は監督としてアンサンブルを纏め、演奏家やスタッフに細かな気配りをする河野も今や40代半ば。音楽家として心技体揃った正に聴き頃です。 26日土曜の午後は、恒例のサマーアンサンブル。もうお馴染みの川田知子と玉井菜採の2人の女流ヴァイオリンに、ゆふいんの地は久しぶりの実力派ヴィオリスト百武由紀を従え、監督はベートーヴェンの最高傑作弦楽四重奏第15番に挑みます。最晩年の楽聖が病からの恢復を神に感謝した長大なアダージョの祈りが、真夏の由布岳の麓に流れることでしょう。 その晩は、現代日本を代表する人気女流チェリスト山崎伸子がゆふいんに初登場。日本一の伴奏巧者小林道夫のピアノの前に、河野と山崎が交代で座るジョイントリサイタル。一晩でこの2人のソナタが聴けるなんて、東京でも絶対にあり得ない、今年の隠れた目玉企画です。 27日のフィナーレ・コンサートでも、2台のチェロはブンブンと唸ります。音楽の楽しさだけが詰まったチェロ音楽の巨人ボッケリーニの室内楽は、チェロ好きなら堪らないはず。その前には、チェロと入れ替わって音楽史から姿を消したガンバの独奏も聴けるのですから、ちょっとした生きる音楽歴史図書館です。 さあ、耳が満足したら金鱗湖へとお散歩。恒例の打上パーティが待っていますよ。 |
2003.4(ゆふいん音楽祭広報部 音楽ジャーナリスト 渡辺和) |