Wed. 1 Jan. 1997

新年あけましておめでとうございます。

インターネットの世界に入って3回目のお正月です。私がやっと文字が絵がアップ出来るようになったと思ったら、今はもう音も動く絵もドンドン発信されている。高度なテクニックはつかえないけれど今年もホームページを通じて、大分のこと、湯布院のこと、私の周りのことなどを私流にゆっくり発信していきたいと思います。そして各地のたくさんのお友達ともっともっと交流を深めることが出来たらどんなに嬉しいでしょう。

午後は主人と私は和服を着てコアラ事務局での新年パーテイーにでかけました。尾野事務局長始め多くのコアラ会員が集まって今年もよろしくと楽しいおしゃべりをしました。会員の都留さんのバンドのジャズ演奏、日本酒にワイン、お節料理、クレープ、お好み焼きなどもあって楽しいパーテイでした。

Mon. 7 Jan. 1997
今日は七草粥を食べる日、朝、まな板の上で七草をトントンと刻みました。子供の頃に母から教わった歌、「七草なずな、唐土の鳥が渡らぬ先に、、」と歌いながら刻んで行きます。七草とは、、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すすしろ、のことです。せりは香りの良い水草、すずなは蕪、すずしろは大根、今も日常の食卓によく上ります。土鍋に出し汁を入れてかまぼこ、お餅、御飯を入れてコトコト、最後に刻んだ七草を散らして出来上がり。お正月のごちそうやお酒で疲れた胃腸にやさしいお粥、冬に不足しがちな緑の野菜を食べるという昔の人の知恵でしょう。大事に次代に譲って行きたい家庭の行事です。

Wed. 15 Jan. 1997
冬とはいいながら陽射しの暖かな午後、列車に乗って大分へ買い物に出掛けました。両側にたんぼのひろがるのどかな道を歩いて小さな列車の駅に着きました。駅員もいない小さな駅です。すぐ側には菜の花が黄色の絨毯に広がっています。やがて菜の花と同じ黄色の車体のジーゼルカーがやってきました。それに乗って大分まで15分位、大分の商店街は丁度、成人式を終えた若者で一杯でした。女性は袂の長い振り袖に頭もきれいに結って花やリボンや羽飾りが揺れています。男性はスーツ姿で成人の栞を抱えてうれしそうにおしゃべりをしていました。大分市では16000人が新成人、全国では男性93万人、女性89万人が新しく成人になりました、これは昨年より6万人少ないそうです。今日の感激を忘れずに立派な人になってほしいと思いました。

Wed. 22 Jan. 1997
今朝、目が覚めると回りは一面の雪でした。「雪だ雪だ」と大きな声を出して喜びました。日本の九州のこの大分ではこんなに雪が降るのは1年に1度あるかないかの出来事です。いつもだと会社に出掛ける人の車の音が聞こえて来る頃だのに今朝は静かです。我家も主人が車のチェーンを持っていないので出掛けることが出来ません。外へ出て雪の中で写真を写しました。花も木々も真っ白な雪の帽子をかぶっています。朝日が照ってきてぽたぽたと屋根から雪が溶けてきました。道路もどうやら大丈夫になって主人はソロソロと車を出して出勤しました。私は昼前に雪景色を見に散歩に出ました。由布岳は雪雲の中で見えませんでしたが低い山も白くなっているし、たんぼも一面真っ白できれいな珍しい景色でした。

Sat. 25 Jan. 1997
25日、26日と別府で日韓首脳会談が行われる、それをインターネットに日頃親しんでいる市民としてその特性を生かして世界に伝えられないものかと、コアラ事務局では別府のコアラ会員の事務所をお借りして臨時の事務局開設となった。そのお手伝いということで主人と二人で別府に行きました。コアラメンバー有志がすでに集まっていました。そして厳戒体勢の別府をあちこちデジタルカメラに納めてきてそれをホームページに組み込んでいます。主人はそれを英訳するお手伝い。私はそれをハイパーテキストにしたりタイトルを書いたりするお手伝いや、皆さんのお茶のお世話をしたり、、、テレビのニュースでは両首脳の共同会見の模様を報道しています。やがて、その会見場で取材してきた局長達が息せって帰ってきました。すぐその様子をホームージに作ります。慌ただしい中に緊張がみなぎっています。今日、最後のイベントは夜10時の祝賀の花火、1000発でした。明日もまたお手伝いをします。