2017年7月15日:日田豪雨災害お見舞いに  
7月4日の台風3号、5日から降り続いたでは田地市など、福岡県では、朝倉町や東峰町などが大変な状態になりました。大分県にも水害の被害が出ていると心配をして下さった婦人之友社から、災害支援の品々が送られてきました。また 昨年尾熊本地震でとても喜ばれた「エコノミー症候群防止のパンフレット」も送って下さいました。
日田のお友だちはFBで被害はありませんでした。大丈夫でした。とお聞きしていたので、そのお友だちを尋ねていくことにしました。大分友の会の総リーダーと、支援係と3人で行きました。

行く途中で、川も穏やかだし、大丈夫だったのだと安堵していましたら、テレビで何度も放映していた鉄橋崩落の現場が目の前にあり、ビックリしました。

武内氏の家に行くと、やはり何事も無かったかのよう、しかし、お話を聞くと、5日の夜、家の外のこの道は川になっていました。腰のあたりまで水がありました、とおっしゃって本当にびっくりしました。 
田んぼの稲も畑も緑に繁っています。しかし、このように家々から出てきた家財道具が積み上げてあります。車がダメになった家、床上浸水だった家と、周り中、水の被害に遭われていたのでした。武内さんのお家は土盛りをして建ててあったので、玄関先で何とか水が止まったとのこと。

道路の空地には、水に濡れた家財道具などが積み上げられていました。
花月川に来ました。川の中には、テレビで何度も見た光景が目の前に広がっていました。本当に驚きです。 
橋脚が倒れる元になった流木やごみは既に取りのけらえているとのことです。作業服を着た方々が大勢川へ来られています。 
手前の丸い柱の上に鉄橋が止めつけてありました。それが流されて、川下の橋の傍に流れ落ちています。クロ長い棒のように見えるのは、レールです。 
 日田駅を出た列車はこの鉄橋を渡り、大分の方へと走る筈ですが、今は見事に遮断されています。
5年前の北部九州の水害で水が街へと溢れ出た花月川、その後、堤防も補強されていたがまた今、崩れ落ちて水が土手を越えた。応急手当として石垣が積まれています。 
 車がやっと一台通れるという昔の橋だそうですが、被害はありませんでした。今度こそ、しっかりとした川の管理がなされて欲しいと武内氏の言葉でした。
その橋の上をドローンを持った方があるかれています。視察に役立つそうです。 
 踏切の右が鉄橋の落ちた場所、左の少し先が日田駅、手前はお地蔵様が二体据えられています。きっと昔から氾濫とかあったのでしょうか?それとも踏切事故でしょうか?何かお祀りしたい悲しい出来事があったのでしょうね。
 お世話になった武内氏と橋の上でパチリ、暑い暑い日田です、よくお天気の時間には日本一高温になった日田市として紹介されます。
 花月川の橋の上で武内氏に写して頂きました。右から支援係の井上伸子さん、総リーダーの松村友美さん、そして、永野です。ありがとうございます。しかし、お世話になった奥様の稔子さんと写した写真が無いのがとても残念です。申し訳ありません。
退職後郷里の日田に帰られた武内ご夫妻です、私たち夫婦とは、30年ほども前から電子会議で顔は知らないままにお友達となっていた。帰省されたら大分のパソコン仲間の集まりに出席されてなおなお親しくなっていった大事なお友だちです。帰省されてからは、周りの方々にパソコン教室を開いて来られた、また色々な出来事の記録を作ってはお役にたたれている素晴らしいご夫婦です。左は武内氏、右は奥様のパソコン机です。 
武内氏に市役所へ連れて来てもらった。災害窓口の男性と、わざわざ来て頂いた保健師の方、友社刊行の「エコノミー症候群予防の冊子」を保険指導に行った時に配布して頂けることになりました。 

 贈呈式を写しておきましょうと、武内氏が写して下さる。奥から総リーダー松村さん、支援係井上伸子さん、そして、永野です。
市役所を出たら、ユネスコ無形文化遺産登録の日田祇園の曳山行事の幟がたくさん立っていました。

この度は武内様ご夫妻、本当にお世話になりありがとうございました。

7月22日、日田祇園祭が行われました。大きくて見事な山鉾が町を練り歩く様子をテレビで見ました。疫病退散、風水害などにも合わないようにという意味を込めたお祭り、きっと、日田の皆様も元気になられるお祭りだと思いました。一日も早い復興をお祈りしています。